2018年3月18日日曜日

フライボールの変化が得点貢献に与える影響2 - おまけ FB%編

前回、角度の上昇やFB%の増加は、少なくとも全体的に見れば、それほどwOBAやwOBAcon (打球についてのwOBA) の上昇につながらないことを示しました。今回はなぜ、大きな改善に繋がらなかったのかについてざっくり調べます。ここではFangraphsやRetrosheetを用いて、FB%の上昇の影響について示します。

まず、本筋から外れますが、個人の通算成績的な部分で、FB (フライ) の多さがいろいろな打撃成績とどういう相関を持っているかを示します。下では、2010-2017年において、通算1000打席以上立った打者の打撃成績を利用して、様々な数値の間の相関係数を探索的に調べています。データはFangraphsから。
全部書いているときりがないので、とりあえず枠で囲ったFB% (FB_pct) に注目します (読めない場合はダウンロードして拡大してください)。打者の成績からみてポジティブな要素としては、長打力が高いこと (ISO) やGB%が低いこと (当たり前!) と密接な関係があるようです。一方、ネガティブな要素もあり、フィールド内の打球が安打になる確率であるBABIPの低下や、三振率 (K_pct) の上昇とも関連があるようです。BABIPに関してはFBはBABIPがGB (ゴロ) やLD (ライナー) よりも低いことが知られているので予想通りという感じです。wOBAとの関係を見ると、0.19と非常に弱いですが正の相関はあり、前向きな結果かもしれません。

下ではこの関係を詳しく見るためにFB%とwOBAの関係をプロットし、それらの選手のHR/FBを色で示しています。

関係性としては非常に弱いことが伺えます。また、右に行くほどwOBAが高い選手が多く、またHR/FB%も高いこと選手もwOBAが高い傾向がありそうです。このことはFB%とHR/FB%が高い選手は、特に得点産生に大きな影響を持っていた可能性を示しています。

上の結果は、これはあくまで選手間で通算のFB%の差とwOBAの差を見ているため、同じ個人がFB%を変化させた場合は異なる関係性をもっている可能性も考えられます。ここから、通算成績ではなく、2010年から2017年までの個人での成績変化の結果を示します。

下は様々な指標について、ある年の数値から、その前年の数値を引いた値を求め、その数値同士の相関を調べた結果です。両年度で450打数以上あった選手だけを対象にしています。
下から2番目の行にFB%変化 (FB_pct_diff, マゼンタの枠) と様々な指標の変化の相関が示されています。いきなり、wOBAの変化との関係を見る (右から6列目) と、相関係数はわずか0.006であり、ほぼ無相関といった結果になりました。この関係を詳しく見るために関係をプロットで示します。HR/FBが色で示されています。ここでのHR/FBは比較している2年間の数値を、打数で重み付けして平均を取っています。これはフライボールの得点貢献への影響1で、Retrosheetを使って示した結果とほぼ同じ事を行っています。

FB%の変化とwOBAの変化の間に明確な関係が見られないことが確認できます。ここではHR/FBが高い選手は全体に比較的ランダムに散らばっている様子が観察できます。これは、上で示した通算成績レベルの結果とは対照的であり、HR/FBが高い選手がFBを増やしても必ずしもwOBAは改善しなかったことを示してます。

FBの価値はGBより高いことは広く知られています。では、なぜFBの打球価値はGBよりも高いのに、FB%や角度を上げてもwOBAは改善しないのでしょうか?

上の相関行列にもどってwOBAの変化 (下から6行目, 緑の枠) との関係性が強いものを調べると、最も強い関係を示すのはBABIPの変化で相関係数は0.7です。FB%はBABIPの変化とはどちらかと言うと負の相関を示し、その絶対値は大きくありませんが-0.29となっています。さらにBABIPが相関するものを調べると、wOBAを除くとライナーの比率 (LD% = LD_pct) が比較的高い相関を示しています。ここで、下の図は打球別のBABIPの値を示しています。

BABIPでみるとFBはGBよりも低くなっています。また、対照的にLDでは他の打球よりもBABIPが非常に高いことがわかります。

単純な関係を無理やり考えると、
FB%上昇   →   LD%低下 →  BABIP低下 →wOBA低下 
というストーリーがありえるかもしれません。

というわけで個人でのFB%変化とLD%変化の間の関係を調べます。ここからはFangraphsではなくRetrosheetを使用します。これは、主にStatcast同様にポップフライを含む分類系なので比較が容易であること、個人の細かい打撃成績の集計が容易であることが理由です (注1)。
そこそこ相関がありそうです (R = -0.47, p < 2.2e-16)。回帰直線をそのまま信じると、FBを10%増えた場合、平均的にはLDが4%程度低下したようです。ここではBABIPの変化を色で示していますが、全体的に回帰直線の上側では、同じ程度のFB%の選手に比べてBABIPが高くなっているようです。これはLDを増やすことがBABIPを上昇する上で有効なことが示されているといえるでしょう。

比較のためGBで同じように示します。

LD%よりも強いFB%との関係が確認できます (R = -0.56, p < 2.2e-16)。回帰直線によるとFBを10%増やすと、平均的にはGBが6%程度低下しています。LDが4%低下したので、合計ではほぼ10%になりました 。また、BABIPが高い点は回帰直線の下側に多いのは、FB%の影響を揃えているので、GB%を減らすとLD%が増える可能性が高いのが原因だと思われます。既に10%の変化がLDの低下とGBの低下でほぼ説明できたのでPUは変化していないことが予想されます。確認しましょう。
FB%差とPU%差には相関は無さそうです。

ここまでで、FBを増やした時にLD, GBの頻度が平均的にどの程度変化するかが見積もれました。各打球の平均的な価値を使えば、FBを増やした場合にこれらの平均的な価値が変動しないという前提で、FBが増えた時の打球の価値の変化を大雑把に定量することができます。

平均的な打者であり、打球100の選手を考えてみます。
この選手の打球の構成は、2017年のだいたいの打球比率から、
GB46, FB22, LD 25, PU7
とします。

下はRetrosheetから計算した、各年度での打球別wOBAです。

これにそれぞれの2017年の打球の平均的なwOBAをかけて合計し、打球の数で割ると以下になります。
(0.456 * 22 + 0.226 * 46 + 0.66 * 25  + 0.022 * 7) /100 = 0.37082
これはこの選手の (そして概ねMLB全体の平均の)、wOBAconです。

FBの5%の増加が全てGBと入れ替わった場合のwOBAは、
(0.456 * (22 + 5) + 0.226 * (46 -5) + 0.66 * 25  + 0.022 * 7) /100 = 0.38232
ですが、
回帰分析の結果を元に5%の低下をGBとLDに大体3:2で配分すると、
(0.456 * (22 + 5) + 0.226 * (46 -3) + 0.66 * (25 - 2)  + 0.022 * 7) /100 = 0.37364
となります。
全てGBがFBに置き換わるのであればwOBAconは0.012弱増加しましたが、LDの低下を考慮にいれることで、増加は0.003まで低下し、価値の上昇のかなりの部分が失われた事になります。FB%の上昇でwOBAが伸び悩んだ要因として、LD%の低下は重要な要素であった可能性がありそうです。

年度間では打球の価値の違いがありますが、この違いがどれほど影響するかをみるために、同じ計算を2016での価値で行います。
平均的打者では、
(0.368 * 22 + 0.226 * 46 + 0.714 * 25  + 0.022 * 7) /100 = 0.36496
です。
ここから、上と同じ比率で5%FBを上げると、
(0.368 * (22 + 5) + 0.226 * (46 -3) + 0.714 * (25 - 2)  + 0.022 * 7) /100 = 0.3623
wOBAconはむしろ低下してしまいました。この結果は2016年ではFBのwOBAが2017より低いこと、またLDのwOBAが高いことによって起きたと考えられ、年度間で実際に見られる程度の打球の価値の変動が、FBに関するアプローチの変化の効果をそれなりに左右する可能性を示しています。

選手個人の打球価値も影響があるはずです。仮にFBのwOBAが0.6の選手を考えてみます。Statcast (15-17) で計算するとFBのwOBAはStantonで0.75強、Troutで0.55程度なので、0.6はかなりのエリートです。
この選手のwOBAconは、
(0.6 * 22 + 0.226 * 46 + 0.66 * 25  + 0.022 * 7) /100 = 0.4025
FBを5%増やすと、
(0.6 * (22 + 5) + 0.226 * (46 -3) + 0.66 * (25 - 2)  + 0.022 * 7) /100 = 0.41252
打球のwOBA 0.413はなかなか高い数値です。FBを5%上げることによる増加も0.003から0.01まで増加しました。当然、FBの価値が高い選手のほうがFB%を上げた時にwOBAconを上昇させることができ、高いFB wOBAを持つ選手ならば、FB%をを5%増やすとそれなりに効果がありそうです。しかし、FB wOBAを0.6に上げること自体の効果が
 0.4025 - 0.37082 ≒ 0.03
 なので、FB wOBAが上がることの影響の大きさは、平均的なFB%比率であっても非常に大きく、FB%を上げることによる追加的なwOBAの改善はそれに比べれば、あまり大きくはないようです。

ここまでは打球の話をしてきましたが、得点への影響全体の評価を考えると、三振、四球の頻度の変化を評価しなければなりません。

下は角度の変化とK%の変化の関係を示しています。

相関は非常に弱く (R = 0.116, p = 0.0009)、傾きをそのまま信じても、FB%が5%上昇しても0.4%弱に過ぎず、250打席に1回、打席の価値が0になる程度の影響にとどまるようです。

一応これも、線形回帰の傾きから影響を概算してみます。
平均的な、1打席でwOBA0.33を稼ぐ選手の100打席を考えます。
この選手のwOBAは
0.33 * 100 / 100 = 0.33
となります。ここで1%が三振 (wOBA = 0)になると、
0.33 * (250 - 1)  / 250 = 0.32868
0.00132の低下です。
打球価値の概算で見られた影響の大きさと比較してみます。
打球は平均的には、打席数のだいたい2/3程度だと思われ、2017の価値では打球100で0.003程度の改善があったので、打席250では
0.003  * (250 / 100) * 2/3 = 0.005
となり、三振の増加は打球価値の増加の1/3弱を失わせる程度の影響に留まっていたようです (注2)。

次に、角度変化とBB%変化の関係を示します。
直線はわずかながら傾いていますが、ほぼ無相関です (R = 0.007, p = 0.046)。とりあえず無視してしまいましょう。

これらの見積もりではFB%の比率が変わっても、打球の価値が一定であるという仮定を置いています。この妥当性を見るため、FB%の変化と各打球wOBAの変化を調べました。

面白いことにFB%の上昇は、FBの価値の上昇とわずかに正の相関を示しています (R = 0.15, p = 4.444e-15)。

価値が上昇した理由としてはいくつかの可能性が考えられます。例えば、
  1. FBを増やすと打球価値が上がる、あるいはFBを減らすと打球価値が下がる可能性
  2. FBの価値が上がったり、下がったりすると打者はそれに応じてFBを増減する傾向がある
これらの可能性を区別するのは困難だと思いますが、個人的には、後者は少なくとも関与していると考えるのが自然だと思います。仮にこの推測が正しければ、打者は年間単位レベルでの自らの打球価値の変化に応じて、検出可能なレベルでこれまでもアプローチを調整していたのかもしれません。

まとめると、FB%が増えたからといって得点貢献があまり増えなかった理由としては、
  1. LD%の低下による打球の質の低下
  2. 三振の増加
がありそうでした。効果の大きさとしてはLDの減少が主要であった可能性が高そうです。

しかし、実のところ、初めの方で示したように、FB%だけでなく他の意味がありそうな打撃関連の指標の多く (Pull%, Z-Contact%, O-Swing%) の変動は単年単位ではwOBAとほとんど相関が無いことがわかります (注3)。上で示した相関行列を再掲します。

単年程度のサンプルサイズではwOBAの変動は、BABIPの変動とかなり大きい相関を示しています (R = 0.7)。BABIPのばらつきは確率的に期待される程度でも十分に影響が大きいため、こうなってしまうわけですが、それ自体は避けようがない部分で嘆いていても仕方が無いとも思います (BABIPのばらつきの影響については角度の方の記事でもう少し色々と書いています)。個々の効果が少なくとも、プレイヤー本人に合ったものを中心に、あまり効果はないかもしれないが色々な部分で少しでも打撃を改善することを目指していく、というのがMLBのレギュラークラスの打者の大半にとっては現実的な方向性のような気がします。そういう意味では、FBの増加も一部の打者にとっては試みるべきアプローチである可能性は十分にあると思います。

ここではFB%をつかっているのでNPBでも同じようなことを調べることは可能です。個人的にはNPBでも大差はないと推測していますが、今のところ特に調べてはいないです。

<参考>
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注1.
具体的には、後で示したFB%が変化した時の各打球タイプのwOBAの変化の集計がしたかった。

注2.
Statcastの打球角度を調べた結果に比べると、三振が及ぼす影響が小さくなっているようです。16-17年だけで調べると、FB増加に対する三振増加は、10-17の結果の1.5倍ぐらいあったようなので、部分的なそれが効いているようですが、これでもまだ影響が小さいかもしれないです。もうちょっと真面目に比較しないとよくわからないですが、正直なところ面倒。

注3.
ただし、長打力にある程度直接的に関連しそうなもの (HR/FB, Hard%) の変動はそれなりにwOBAと相関があります。他の要素に極端に悪影響が出ないような形で、長打力をつけられるならそれに越したことではなく、FB%を上げることの効果が長打力自体の効果よりはかなり劣るというのは多分間違いないように思います。

フライボールの変化が得点貢献に与える影響2

前回、角度の上昇やFB%の増加は、少なくとも全体的に見れば、それほどwOBAやwOBAcon (打球についてのwOBA) の上昇につながらないことを示しました。今回はなぜ、大きな改善に繋がらなかったのかについてざっくり調べます。ここではStatcastの打球角度を使って、角度の上昇の影響について示します。データは2016と2017だけを利用しています。これは2015から2016では、おそらく75度以上の数値を許容するかどうかの仕様変更があり、打球角度の比較が困難かもしれないため。

wOBAが期待ほど上昇しない理由としては、例えばあまり価値のない打球が増えてしまった可能性や、価値のある打球が減ってしまった可能性が考えられます。とりあえず各打球タイプの価値と、角度を上昇させた時の打球タイプの変化を調べ、これらを使ってそれぞれの影響の大きさを概観してみましょう。

下はStatcastでの打球タイプごとのwOBAを示しています。

また、下はMLB全体での打球タイプ別の比率を示しています。

2017年ではFBの打球の価値 (wOBA) は2016年より大きく上昇しています。これは、主に全体的にHRが出やすくなっていることが影響していると思われます  (注1)。

次に各選手の角度変化 (ファウルは含まない) と、各打球比率の変化を示します。
当然、角度を上げるとFBは増えており、+5度で5%程度です。
同様に角度上昇5度で見るとGBは7.5%程度低下しています。非常に強い相関が見えます。
PUは角度上昇5度で2.5%程度増加しています。
LDもわずかに増加傾向ですが、効果も非常に小さく有意差も無いのでとりあえず無視します (R^2 = 0.006, p = 0.267) 。

角度を5度上げた場合の影響を、2017の平均的な選手の数字を使って概算してみます。

100の打球を打った選手を考えます。この選手の打球の構成は、2017年の打球比率から、
おおまかに
GB46, FB22, LD 25, PU7
 とします。そうすると、その打球のwOBAは平均的なwOBAを使って、
(46 * 0.23 + 22 * 0.46  + 25 * 0.67 + 7 * 0.023) / 100 ≒ 0.376
となります。これがこの選手の (そして概ねMLB全体の平均の)、wOBAconです。
角度5°の増加でFBが5%増えて、仮にその分だけGBが減るとすると、
((46-5) * 0.23 + (22 + 5) * 0.46  + 25 * 0.67 + 7 * 0.023) / 100 ≒ 0.388
となり、全てGBがFBになった場合では0.012程度の改善となると試算されます。
しかし、実際にはFBの増加5%に加えて、PU が2.5%増えて、GBが7.5%低下していました。
この比率を当てはめた場合、
((46-7.5) * 0.23 + (22 + 5) * 0.46  + 25 * 0.67 + (7+2.5) * 0.023) / 100 ≒ 0.3824
となり、PUの増加を考慮に入れると、wOBAconの改善は0.006程度なので、FBとGBだけを考えた場合の半分まで効果が低下してしまう計算になります。PUはほとんど無価値な打球であるため、40打球に1回の増加でも、かなり大きな影響を持ってしまいます。

上では2017年の平均的な打球価値を用いて概算を行いました。しかし、打球の価値は年度によっても変わっています。2017年では、2016年に比べてFBの打球価値が上昇していました。この環境の変化による打球価値の変化が、角度上昇による利益に影響するかを見てみます。2016の打球価値を使って概算してみます。
平均的な選手では
(46 * 0.23 + 22 * 0.37  + 25 * 0.73 + 7 * 0.022) / 100 ≒ 0.371
ここで同様にGBが7.5%減ってFBが5% PU が2.5%増えるとすると
(38.5 * 0.23 + 27 * 0.37  + 25 * 0.73 + 9.5 * 0.022) / 100 ≒ 0.373
0.002程度と、ただでさえ小さい2017の数値で見られた効果が、1/3まで低下するという結果です。このことは、年度間で実際に見られる程度の打球の価値の変動が、角度上昇の効果をそれなりに左右する可能性を示しています (実のところ16→17のFB価値の変化はめったに起こらないぐらい大きいと思いますが)。

ここまで平均的な打球価値の選手について見てきましたが、FBの価値が高い選手について考えてみます。
試みにFBのwOBAが0.6の打者で同様に計算してみます。Statcastの数値から計算するとFBのwOBAはStantonで0.75強、Troutで0.55程度なので、0.6はかなりのエリートです。
この打者の打球のwOBAは
(46 * 0.23 + 22 * 0.6  + 25 * 0.67 + 7 * 0.023) / 100 ≒ 0.407
GBが7.5%減ってFBが5% PU が2.5%増えると
(38.5 * 0.23 + 27 * 0.6  + 25 * 0.67 + 9.5 * 0.023) / 100 ≒ 0.420
当然角度を挙げることの価値は平均的な打者よりも高くなり、0.013と平均的な打者の2倍にもなりました。FBの価値が高い選手は、平均的な打者よりは、角度を上げることで大きな利益を得られる可能性がありそうです。しかし、この上昇の大きさは、FBの価値が高い事自体によるwOBAの上昇(0.407- 0.376 = 0.0301) に比べれば半分以下です。角度の上昇による追加的な貢献の増加は、FB自体の価値を上げるような変化に比べると影響は小さいようです。これは前回示した、打球速度の方が打球角度よりも影響が大きいという結果と一致しているのかもしれません。

上の概算では各選手が角度を変えても、各打球タイプごとの価値は変わらないことを前提としています。この点を確認するために、下は各選手の全打球の角度差と、打球タイプ別のwOBAの差をプロットしています。

FBとLDではわずかに傾きが正ですが、とりあえずほとんど変わっていないと言えると思います (FB: R ≒ 0.1, p = 0.1583; LD: R ≒ 0.07, p = 0.3316; 注2)。ちゃんとした結論を出すにはもう少しサンプルが必要なところかと思われます。

ここまでは打球の話をしてきましたが、得点への影響全体の評価を考えると、三振、四球の頻度の変化を評価しなければなりません。

下は角度の変化とK%の変化の関係を示しています。

相関は非常に弱く (r = 0.185, p = 0.007)、傾きをそのまま信じても、比較的大きな変化である角度5度の上昇でも1%弱に過ぎません。平均的には、100打席に1回、打席の価値が0になる程度の影響ということです。

これも線形回帰の傾きから影響を概算してみます。
平均的な、1打席でwOBA0.33を稼ぐ選手の100打席を考えます。
この選手のwOBAは
0.33 * 100 / 100 = 0.33
となります。ここで1%が三振 (wOBA = 0)になると、
0.33 * (100 - 1)  / 100 = 0.3267
 0.0033の低下です。

打球価値の概算で見られた影響の大きさと比較してみます。
打球は平均的には、打席数のだいたい2/3程度だと思われ、2017の平均的な価値では打球100で0.006程度の改善があったので、打席100ではwOBAは
0.006 * 2/3 = 0.004
程度の増加となります。K%の増加はこの価値の上昇から-0.0033を減じる、つまり8割程度を相殺します。打席数のたかだか1%程度の増加でも、三振は価値が0であり、さらに打席数は打球に比べて数が多いため、案外馬鹿にならない結果になってしまいました。K%の増加を考慮しても、2017の打球価値ではかろうじて打球の価値上昇がK%の増加よりも大きくなっているようですが、2016の打球価値で考えればK%の増加は打球価値の上昇 (0.002 * 2/3) よりも大きくなり、全体としてはマイナスにすらなってしまいます。

角度変化とBB%変化の関係を示します。
傾きとしてはわずかに正ですが、有意差はありませんでした。とりあえず無視してしまいますが、サンプルを増やしていけばわずかながらwOBAにも影響があるかもしれません。

2016-2017における角度増加の影響に関する概算のまとめ。

  1. 角度の増加はGBの低下とFBの増加に加えてPUの増加を伴っており、これが打球の価値の上昇をかなり抑えてしまった可能性がある
  2. 角度の増加に伴い三振もわずかに増えており、角度を上げることによる価値の大きさと比べた時に、無視できない程度に価値を下げているかもしれない
  3. 角度の増加の価値は、打者個人のFBの価値や、環境全体のFBの価値の上昇にある程度依存しうる
ここまでに示したデータの非常に大きな問題はとして、データを16-17に絞ったため、全体的にはサンプル数がかなり足りていないと考えています。正直なところ、例えばもう一度2016-2017をやり直して同じように測定した時の効果の推定としても、多少信用できないと思っています。年度ごとの癖なども多少あるでしょうし、他の年でどれぐらい同じ結果が出るかはさらに怪しいところがあります。

本稿では角度が変化した時の影響を調べて、上のような傾向が確認できました。実は、FB%を使って2010-2017で同じような解析をすると、似たようにFB以外の打球価値の低下やK%の増加が観察できましたが、やや異なります部分もあります。特に大きな違いとしては、PUの増加は認められず、代わりにLDが低下することで結果的にFB以外の打球の価値が低下していました。さらに、FB%が増加した時には、FBのwOBAが増加する傾向が確認できました。これらの違いがなぜ起きたのかは今のところ中の人はあまり理解できていませんが、後者に関してはサンプル数の違いが効いているかもしれません。このFB%を使った結果については、稿を改めてまとめて次の記事に書いています。暇な方はどうぞ。

今回調べていないパラメータでも、角度の上昇で望ましくない結果になっているようなものがある可能性もありますが、ここで示した打球の質の低下、三振の増加の影響は、打球角度を上げることで期待される効果と比較してそれなりに大きく、角度をあげても打撃成績が伸び悩んだ主要な要因であっただろうと考えています。また、ここでは基本的に両年度である程度のサンプルサイズを持つ選手について調べたので、より打席数が少ないような選手で同様なのかはわかりません。

ここまではリーグ平均的な選手への影響を見てきましたが、一部の選手では角度を上げることで特に大きな利益を得られるかもしれません。このような選手はどのようにして探すことができるでしょうか?上で行った概算では、FBの価値が高い選手選手はそうでない選手に比べて、打球角度を上げることによる得点貢献の増加が大きい可能性が示されており、このような選手は候補になるかもしれません。しかし、前回、打球の角度が上がった選手の中で、長打力 (ISO) が高い選手でも必ずしも打球のwOBAが上昇してはいないことを示しました。まずは、これを説明する必要がありそうです。

まず前提として、上の概算で示した通り、かなりFBの価値が高い選手でも角度を上げることによる追加的な利益がそれほど多くない、という結果は重要です (とはいえ、上の概算の長打力高い選手で見たように、5度の角度上昇でwOBAconが0.01改善するならば、1年単位では得点にしてプラス4点前後ぐらいの貢献になり得るため無視するにはそれなりに大きいとも言えます) 。また、他の重要な要因としては、ここまで挙げたことに加えて、実のところ一年程度のサンプルサイズでの個人のwOBAの変化はBABIP (フィールド内に飛んだ打球が安打になる確率) によって主に左右されているという事実も挙げられます。

下は打球の角度の変化とwOBAの変化をプロットし、色でBABIPの変化を示してます。

wOBAの上がった選手ではBABIPが上昇していたことがはっきりとわかります。より直接的にBABIP差とwOBA差をプロットすると下のようになります (注3)。

はっきりした相関が見えます (R = 0.822, p < 0.0001)。この結果は、少なくとも打球100以上程度のサンプルサイズをもつ選手に関しては、wOBAの違いのかなり部分はBABIPの変化で説明できる可能性を示しています。

ここでBABIPは少なくとも確率的に推測される程度の分散を示すと思われますが、このばらつきがもつ影響の大きさを考えてみます。仮に真のBABIPが0.3で打球200である選手を考えると、66%がおさまる範囲は0.3 ± 0.0325程度とざっくり推定できます (注4)。これを上の図と合せてみると、BABIPのばらつきだけでwOBAconが0.05程度は違ってくることはそれほど珍しくないことになります。概算でみた限り、打球角度の効果はそれよりも十分に小さく、そのために効果がほとんど見えないのはある意味当然です。とは言え、単年単位のサンプルの少なさに由来するばらつきの大きさを嘆いていても仕方が無いというところもあります。実際、仮にサンプルサイズを5年、あるいは10年単位程度まで大きくして、BABIPのばらつきの影響を小さくすれば、特にFBの価値が高い打者にとっては、打球角度をあげることはある程度の効果があることが確認できるかもしれません (注5)。

他にも考えるべき要因は残されています。今回の概算では打球タイプの変化が全ての打者で等しく起こることを想定していますが、仮に長打力が高い選手ではPUがより増えやすいなどというような傾向があれば、サンプルサイズを大きくしてもやはり期待ほどには上昇しない可能性も考えられます。逆に、角度を上げてもPUが増えにくいなど打球価値の低下が小さい打者がいれば、FBの価値がそれほど高くなくても、角度を上げることの利得は多少大きくなる可能性もあります。

このような、角度を上げる、あるいは下げることによる、打球価値の変化の違いをある程度考慮に入れて、各打者にとって適切な打球角度を推定する方法をTangotigerが提示してくれています。

Tangotiger, Statcast Lab: What is the ideal launch angle for every batter?, 2017.
http://tangotiger.com/index.php/site/article/statcast-lab-what-is-the-ideal-launch-angle-for-every-batter

これは打球のwOBAを、角度に関して大きめの幅で移動平均値を取っていき、その移動平均wOBAが最大になる角度を調べるという、はっきり言ってしまうと極めて単純なものです。下はTangoが例として挙げたDavid Ortizの打球について、計算してみた結果を示しています。
この図は、Ortizの打球の角度について全打球の1/3のグループとしてまとめ、wOBAの平均を取ってプロットしています。この図から、19度程度を中心とした打球1/3 (上下1/6ずつ) の打球の平均wOBAが最も高かったことがわかります。この方法では、仮にある角度を狙った時に、打球が狙った角度からずれた場合に各選手で実際に生じたペナルティーの大きさが考慮に入っています。そのため、単純ですがそれぞれの選手におけるwOBAconを最大化する角度を推定する方法として、少なくとも理屈から言えばある程度妥当性がありそうです。また、この理想角度に比べて角度が大きく低い打者は打球角度を上げる価値が高い可能性などもあるかもしれません。

正直なところ、これもいい方法とはあまり言い難いと思っていますが、次はこの方法を色々と試してみます。というわけで、もうちょっと続くんじゃよですが、今回はここまで。

<参考>
Statcast  https://www.mlb.com
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(注1)
HRの増加に加えて、おそらくはMLBの分類系でLDの一部がFBに分類されるようになった結果も含まれているだろうと思います。後者は正直あまりありがたくない要素ですが、とりあえず目を瞑るとします。これに関しては以前このブログで説明しています。
https://sleepnowinthenumbers.blogspot.jp/2017/12/blog-post_30.html

(注2)
本文でも後で触れていますが、実はFB%の増加と、FBのwOBAが増加には相関があったようです。おそらく、打者というものはFB wOBAが高い状態では気持ちよくFBを打ちに行く生き物だということだと思いますが... (つまり、打者は打球角度を、自身の打球価値の変化に応じて以前から調整していたのかもしれない。証拠はないので妄想の域を出ないですが。) 

(注3)
本文では個人内でのBABIP差とwOBA差の関係を示しました。比較のため、異なる選手間のBABIPとwOBAの間の関係をプロットしてみます。
本文で示した個人内でのBABIP差とwOBA差のプロットを比較のため再掲。

下の個人の年度間での差に比べると、上の選手間での差は関係性が弱いことが見て取れます。これは、wOBAのBABIP以外の要素、例えば長打力の差など、が個人間では比較的大きく、個人の年度間での差では個人間で見られるほど大きな差にならないことが影響しているからだと理解できるかと。

(注4)
二項分布 (p = 0.3)の分散からSDを求めて、さらに正規分布に近似している。
つまり、mean ± sqrt(200 * 0.3 * (1-0.3)) / 200

本文での三振についての話でも触れている通り、打球はPAの2/3程度です。また、ABと比較しても3/4程度になります。このサンプルの少なさが打球の結果に関連したデータがイマイチ信用できなくなりがちな原因の一つになっていると思われます。

二項分布を使うことの妥当性について、あるいはサンプルサイズの違いによる影響の大きさについて、イメージを掴むために二項分布 (Binomial distribution) から作成したデータ (p = 0.293; n = インプレー打球 (bip) = 100, 200, 300, 400, or 500を各100,000ずつ計算) と、MLB (1980-2017) で実際に記録された投手の被BABIPを比較してみました。MLB (adjusted)は所属チームの該当年度の被BABIPに関しては補正を行っている。

要約統計量だとこんな感じ。

近いサンプルサイズの結果は、概ね似ているといっていいのではないでしょうか。実際には、実データ (MLB (adjusted)) の方が分散は少し大きくなっていると思われます。これは、少なくとも部分的には、対象の期間でBABIPに長期間での上昇傾向があったり、投手でもわずかながらBABIPをコントロールする能力が存在するであろうことが影響しているはずです。

本文で打者の話をしているのに打者のBABIPを使わなかったのは、打者はBABIPをコントロールする能力が投手よりも明らかに高いため、比較しても何を見ているかよくわからなくなりそうだったから。個人的には、投手の被BABIPは最低限を理解することに関して言えば、ある意味最も理解しやすい指標のようにも思えますがどうでしょうか。

ついでに、成功確率がpの事象をN回行った時に, 確率的にどれだけばらつくかを可視化するだけの簡単なshiny appを作っておきました。お暇な方はどうぞ。
確率的なバラツキ可視化ツール
https://snin-17.shinyapps.io/binomial_sim_app/

(注5)
ちなみに、本文での打球価値を使った概算では平均的な状況を前提にしているため、打球毎のBABIPも平均的な数値で一定となっており、BABIPのばらつきの影響が取り除かれているはずです。さらに追記しておくと、本文では説明しませんでしたが、FBはBABIPが低いので、角度を上げるとBABIPが少し下がる事自体は、当然平均的にはおそらく避けがたいはずです。BABIPのばらつきの影響の大きさに比べればかなり小さいと思いますので、本文では説明は省略しました。また、本文で行った概算ではこのBABIPが低下する点も (当然、同時にFBの長打が多いことも) 考慮に入っているはずです。

サンプルを5-10年と増やしていくのも長期的な数字にすると年齢の変化も考慮に入れないといけなくなってくるので、現実的にはそれなりに難しそうです。一番簡単なのはたまに見る偶数年 vs 奇数年とかでしょうか。

ところで前回示したwOBAconでの回帰分析での上昇の傾きと、上の概算での効果が一致しないのは、部分的には、LD%, BB%, あるいはFB価値の非常に小さい増加を無視したことが効いているはずです。しかし、これだけではまだ足りてなさそうな気もしないでもないので (ちゃんと計算していない)、ここで考慮していない要因が関連している可能性もあるかもしれません。一つの可能性は長打力の高い選手が選択的に角度を挙げた可能性なので、角度を上昇させた選手と下落させた選手で16, 17の成績を集計していみました。

むしろ16年に長打力が低かった選手が、角度を17年で上昇させた傾向が強そうです。これを見る限り、平均への回帰を見ている可能性があるかもしれません。つまり、角度を上げた選手では2016年では偶然の要素で角度が実際に打ちたい角度より低くなって、結果として理想的ではない打球になって長打力が低下してしまっていたのが元に戻ったのかも?ただし、最近のHR surgeは元々長打力がそれほど高くない選手で起こっている、という話もあるので、そうともいいきれないかも。

Albert J, On the Increase in Home Run Hitting, 2017.
https://baseballwithr.wordpress.com/2017/06/19/on-the-increase-in-home-run-hitting/